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東京地方裁判所 平成4年(ワ)21180号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  原告の請求

被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の店舗を引渡し、平成三年一二月一日から右明渡し済みまで一か月金一〇〇万円の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が、パチンコ店を経営する被告から、営業委託契約に基づき店舗を賃借したとしてその引渡しを求め、併せて、引渡しを受けるまでのパチンコ店経営による得べかりし利益として一か月一〇〇万円の損害金の支払を求めた事件である。

一  請求原因

1 被告は、遊戯場パチンコの経営を目的とする会社であり、別紙物件目録記載の建物(以下「本件店舗」という)を、訴外株式会社四谷ビルディングから賃借し、訴外有限会社ベル企画(以下「ベル企画」という)に営業を委託し、ベル企画においてパチンコ店「エース」を営業していた。

2 原告は、ベル企画の債権者であったが、ベル企画が倒産した後の平成三年一〇月一九日、ベル企画に代わって、被告との間で次の内容の本件店舗営業委託契約(以下「本件委託契約」という)を締結したが、その内容は店舗の転貸借契約の趣旨を含むものであった。

(1) 対価料給料(賃料相当額) 一か月三〇万円(名目上一五万円)

(2) 契約期限は平成六年六月末日までで、協議のうえ更新することができる。

(3) 本件店舗の引渡期限は平成三年一一月二五日

3 被告は、平成三年一一月二五日が経過しても、本件店舗を引き渡さない。

4 原告が本件店舗の引渡を受けていれば、一か月少なくとも金一〇〇万円の営業利益を取得できた。

二  争点

1 本件委託契約が、店舗の引渡を内容としているか否か

(1) 原告の主張

本件委託契約の実質は、パチンコ店経営を目的とする建物の転貸借契約であり、店舗の引渡を内容とする。

(2) 被告の主張

本件委託契約は賃貸借契約ではなく、店舗の引渡を含むものではない。

2 本件委託契約が名義貸しの規定に違反する契約か否か

3 契約の解除

(1) 被告の主張

本件委託契約には、委託契約当事者である原告自らが経営する旨の特約があったが、原告は、第三者である岡本敏雄に経営させようとしたので、被告において、本件委託契約を解除した。

(2) 原告の主張

争う

4 契約の更新の有無

(1) 被告の主張

本件委託契約は平成三年七月一日から平成六年六月三〇日までの三年の期間であり、被告は更新に同意していない。

(2) 原告の主張

本件委託契約は転貸借であって、法定更新されるべきであり、また、更新拒絶の正当事由もない。

5 本件店舗の引渡を受けられなかったことによる被った損害

第三  争点に対する判断

一  本件委託契約の内容について

1 本件委託契約締結に至る経緯

《証拠略》によると、次の事実が認めることができる。

被告は、東京都公安委員会から風俗営業の許可を得た、遊戯場パチンコの経営を目的とする会社であり、本件店舗を、株式会社四谷ビルディングから賃借していた。訴外廣沢隆行は、昭和四九年ころ、被告代表者前橋美知子と知り合い、自分が経営していた会社と被告との間で、後述する本件委託契約と同様の契約を締結したうえ、本件店舗において、パチンコ店の営業を行ってきた。その後、ベル企画を設立したうえ、昭和六一年五月一日、被告と店舗営業委託契約を締結し、本件店舗においてパチンコ店「エース」の営業を行っていた。

その間、ベル企画は、被告らからパチンコ店経営の資金を借り受けたり、立替払をしてもらったりして、多額の債務を負うようになった。ベル企画は、平成三年六月ころには経営が苦しくなり、廣沢隆行の実母が代表者であり、ベル企画の債権者でもあった原告が、ベル企画の被告に対する債務を弁済したうえ、ベル企画を引き継ぐことが被告らとの間で話し合われ、同年六月三〇日ころ、店舗営業委託契約書が作成された。その後、ベル企画は平成三年九月三〇日に倒産し、同年一〇月一九日、被告代表者前橋美知子、原告代表者廣沢薫らとの間で、前記店舗営業委託契約書のとおり実施することに合意がなされると共に、覚書が作成された。

2 ベル企画における営業委託の実態について

原告と被告との間で締結された本件委託契約は、ベル企画と被告との間の店舗営業委託契約を踏襲したものであった。そこで、ベル企画と被告との間の契約の内容を検討することとする。

ベル企画は、被告との間で昭和六一年五月一日付の店舗営業委託契約書を作成して、パチンコ店「エース」の営業を受託し、本件店舗において、パチンコ店を営業していた。本件店舗については、被告が株式会社四谷ビルディングから借受けていたが、その賃料五三万円は、ベル企画が直接支払っていた。また、ベル企画は、右賃料とは別に対価料給料という名目で一か月三〇万円を被告に支払っていた(契約書上は一五万円)。ベル企画としては、月三〇万円を被告に支払う外は、賃料やその他の光熱費などの経費を自らが負担することにより、パチンコ店の営業を行い、その損益は、全てベル企画の計算となるものであった。

このような営業形態は、ベル企画が被告からの委託を受けて、被告の営業を行っているのではなく、ベル企画がベル企画の計算によりベル企画自身の営業を行っていると評価されるべきであり、右対価料給料の実質は名義料というべきである。

3 本件委託契約が本件店舗の引渡を内容とするか否か

営業を委託するというだけでは、いわゆるマネージャーとして雇用するような場合も含み、直ちに、店舗の引渡までを予定しているとは限られない。

しかし、前述したベル企画と被告との間の店舗営業委託契約では、本件店舗における営業を当然の前提としており、しかも、賃料は営業を受託した側が支払っていたことなどを併せ考えると、右の契約としては、店舗の引渡も含むものであったと解するべきである(営業を受託した側が、占有権限を取得することになる。)。

そして、原告と被告との本件委託契約も同様の内容であったと推認され、本件店舗の引渡も含む内容の契約であったと解することが相当である。

4 被告の主張について

被告は、廣沢隆行を被告のマネージャーとして雇用したに過ぎず、甲3は形だけのものである。そうでなければ、風俗営業法により禁止された行為として無効であると主張する。

しかし、廣沢隆行が本件パチンコ店に関与するようになった昭和四九年ころから、廣沢隆行の経営する会社が原告から営業を受託し、前述したような形態で営業を行っていたと認められるのであって、いわゆるマネージャーとして雇用していたというような形態であったとは認められない。

二  本件委託契約による本件店舗の引渡請求の可否

前述したように、本件委託契約は本件店舗の引渡を前提とした契約であったと認めることができる。

しかし、本件委託契約の内容は、前述したように受託者の計算による営業を認めるものであり、それは、受託者自らがパチンコ営業を行うものであって、東京都公安委員会から風俗営業の許可を得た被告から、その名義を借りて営業していることにほかならない。

ところで、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律一一条は風俗営業の許可を得た者の名義貸しを刑罰をもって禁じており、この規定は風俗営業の無許可営業を防止するためのものであるが、本件委託契約はこれに違反すると解さざるを得ず、その民法上の効力が問題となる。

取締法規に違反する民法上の行為が直ちに無効となるわけではないが、前述したところによると、本件委託契約に基づき、原告に対し本件店舗の引渡を命じることは、原告に対し右店舗における風俗営業であるパチンコ店の営業を許容することになり、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律一一条の趣旨を無にすることになってしまう。また、本件委託契約は、名義貸しを含む一体の契約としてとらえられるべきであり、右契約から転貸借のみを取り出してその請求をすることは許されるべきではない。しかも、これらのことは、両当事者が容易に認識していたと認められる。そうすると、右契約に基づき、原告に対し店舗の引渡を命じることは許されないと解すべきである。

以上を総合すると、本件営業委託契約は風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律一一条に違反しており、同契約に基づき、本件店舗の引渡を求めることはできないと解するのが相当である。

三  損害について

前述したように、本件委託契約の効力自体が否定されるべきであり、この契約の債務不履行による損害賠償を請求することはできないと解される(しかも、《証拠略》によると、平成元年ころ、ベル企画は、本件パチンコ店から月一〇〇万円の利益を得ていたことも窺えるが、《証拠略》によると、平成三年ころには、本件パチンコ店から利益は上がらず、本件店舗の引渡があったからといって、原告の主張どおりの利益を得ることができたとは認められない。)。

四  結論

以上の事実によると、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求には理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田陽三)

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